冬に積もった雪が解け始め、春の息吹を感じさせる弥生の初め。  僕は相変わらず客の来ない店内で店番という名の読書に耽っていた。  里の桜や店の裏の白い桜も蕾が少しずつではあるが開き始め、博麗神社で花見という名の乱痴気騒ぎが開かれるのも時間の問題だろう。  当然、僕は参加しないが。  そんな事を考えながら本の頁をまた一枚捲り、ちらりと窓の外に目を向ける。  満開とまではいかないが、五分程に咲いた桜が窓の外にその姿を僅かながら覗かせていた。  この桜はある日突然満開になる。  毎年、その日は全体の半分も咲いていなかったのに、次の日の朝には満開になっているのだ。  この五分咲きは、明日にでも消えてしまうかもしれない。  故にこの桜は他の桜と比べて、一層幽玄な美しさを持っている。  それを独り占めしているという今の状況は、ある意味では贅沢な事なのかもしれないな。  ――カランカラン。  そんな事を考えながら本の内容を頭に運んでいると、扉の鈴が来客を告げた。 「いらっしゃ……やぁ、君か」  扉の向こうに現れた影は、この店によく訪れる紅白巫女のものではなく。  かといって同じく頻繁に訪れる白黒魔法使いのものでもなかった。 「こんにちは、霖之助」  影の色は、服の赤と髪の緑。四季のフラワーマスター、風見幽香だ。  見慣れた姿だが、何時もと違うのは手に提げた籠くらいだろうか。 「今日はどういった用事かな?」 「今年も桜が咲き始めたから、宴会のお誘いよ」 「おや、誘いには霊夢か魔理沙が来るものだと踏んでいたんだが、君が来るとはね」 「霊夢が言ったのよ、貴方を呼んできてーって。あの子は準備に忙しそうだったし」 「それでも魔理沙が来るだろうと思ったんだがね」 「たまたまあの子の一番近くに私がいただけよ。別に暇だったから、ね」  だからといって幽香程の大妖怪が簡単に動くとはな。  博麗の巫女の権力が強いのか、幽香が優しいのか……。  恐らくは、後者なのだろう。 「そんな事よりも、よ。行くの? 行かないの?」 「折角の誘いだが、今回は遠慮しておくよ」  どの道、霊夢か魔理沙が来たら断るつもりでいたんだ。  幽香は霊夢の代理で此処に来ている様なものだし、断ったからといって何の問題も無いだろう。 「あら、私の誘いを断るなんていい度胸してるわね」 「僕が騒がしいのが苦手なのは君も知っているだろう。酒はゆっくりと飲みたいね」