多分僕は他の子供達よりも空を見るのが好きな少年だったと思う。   晴れてるか曇っているか、昼間か夜中かなんて関係ない。  雨が降っている時も雪が降っている時も僕は暇な時間があれば空を見つめていた。  空を見つめるのは子供の表情を見ているみたいで楽しい。  気ままにその時々に合わせて変わる空が好きだった。  そんな僕を見て一番親しい友人(付き合いの長さからして幼馴染と呼ぶのが正しいのかもしれない)はクスクスと笑った。  僕が何が可笑しいのかと聞くとその友人は「何を考えているんだ」だとか「悟りでも開くつもりなのか」なんて言ってまた笑った。  僕は空を見る時別に何も考えていなかったから、その質問に対していつも頭を悩ませていた。  本当に空を見ているときは空の事しか考えていない。  動物が獲物を仕留め食事をする間、食べる事しか考えていないように、僕も雲を見ている間は空の事しか考えていない。  それ以上の事を考えようと思った事すらない。  ただ人里から少し離れた小高い丘に登ると、そこの草っ原に身を投げ出して一面に広がる空と対面するのが好きだった。  そうして居ると心の底から落ち着くことが出来たし、暇を潰すことが出来た。  ただ三日に一度ぐらいだろうか。  そんな平穏をその友人は破りに来る。  寝そべっていると耳が地面に近い所に来るから、些細な足音でも注意が行く。  友人は走って僕の方へやって来たから尚更よく分かった。  僕はその平穏を破る足音を聞く度にまたかと思ったけど、僕がそんな事を思ったところでそれが進むのを止めて引き返すなんて事はあり得なかったから、ただ黙って受け入れた。  足音は丘の下から頂上へ登ってくるまでが一番早く、頂上を登り切った後は一旦止まって先程より大分落ち着いた足取りで僕に近づいた。  そして丁度僕の頭の後ろ辺りまで来るとまた止まって今度は言葉が上の方から降ってくる。 「霖之助、お前は空が恋しいのか。空が恋しくて帰りたいからこうしていつも空を見ているのか」  聞きなれた声と毎回微妙に違った内容の文句。  律儀にも僕の幼馴染である彼女は言葉の内容を毎回変えてくるのだ。  多分僕を探しまわっている間、今回僕に言う文句の内容を考えながら探しているに違いない。  僕がここにいると踏んで頭の中で出会った時の状況を推測しながら、その日に一番合った内容を選ぶ。  料理人が決められた食材で品書きを考えるみたいに手慣れた行為だ。 「空を飛べたらなんて考えている。だから空をずっと見ているんだ、違うか?」 「そんなんじゃないよ。僕は別に空なんて飛べなくたっていい。高いし、風は強そうだし、何より空を見上げられないし。空を飛べたっていいことなんか一つもない」 「じゃあどうしていつもそんな風にしているんだ」 「そうしたいから、こうして地面に重力で押さえつけられながら空を見るのが好きだから。地面に体を預けてるって事は落ちることがないって訳だし、それに僕は体が地面に接していないと安心しない」  目線を少し上に傾けてやるとまず最初に彼女の靴が目に入った。  黒いローファーにワンポイントのリボンが付いた小さな靴だ。  更に視線を上げてゆくと深い青色をした飾りっけのないワンピースが眼に入る。  このワンピースも胸元に赤いリボンがワンポイントであしらってある。