ふと気づいたら、俺は理樹たちの修学旅行に着いてきていた。
だってそうだろ?
理樹や鈴、居るところに俺ありだ。
メンバーの皆に理樹たちのクラスの奴らが談話している。
俺はうまい具合に潜り込んでいるらしい。
隣の奴に黙っておいてくれと言って置いて正解だったな。
放って置いたら報告されてたかもしれないからな。
さて、どこに行くんだったかなぁ?
少し記憶を探ってみる。
去年俺はどこへ行ったけなぁ……。
ん? 思い出せねぇや。
それほど記憶に残っていなかったと言うことだろう。
だが、今年は違う。
今年は理樹たちリトルバスターズが居る。
つまらないわけがない。
……しかし何にも出来ないと言うのはあれだな。
暇すぎる。
あんまり目立つと理樹たちに見つかるしな。
どうするべきか……。
と考えていた頃だ。
バスの様子がおかしい。
少しふらふらとしている感じがする。
それはほんの少しなので気づいている生徒はほとんどいない。
多分クラスのほとんどは分からないほどの揺れだろう。
地震で言うと震度1だ。
気づいているとしたら来ヶ谷、謙吾あたりだろうな。
それくらいわずかな揺れ具合だ。
しかし次の瞬間だった。
少し急なカーブに差し掛かったときだ。
もちろんバスは曲がる。
曲がっている途中に反対車線から車がひょこりと現れた。
狭い道で、且つ横幅が大きいバスだ。
大きい車(バスやトラック)等は曲がる際に2つの前輪に舵角を与えてカーブを曲がる。
この際、回転運動に伴って前輪が描く円弧に比べて、後輪が描く円弧は半径が短くなる。
回転中心側の車輪(内輪)に着目すると、後内輪は前内輪よりカーブの内側を移動することになる。
これを内輪差と呼ぶ。
そのためバスなどは大きく曲がらないと逆側をガリガリ削ることになる。
反対車線の車もそれに気づいたらしい。
速度を落とし始めるも人気があまりない道だ。
すぐに速度が落ちるはずもない。
それを避けようとしたのかバスは逆にハンドルを切り始める。
(おいおい、そんなことしたらっ!)
運転手も冷静さを失って焦っていたのだろう。
順方向にハンドルを切れば進めるのに逆に切るということは逆に曲がるということだ。
狭い道でそれをするということは自殺行為に近いだろう。
逆側には崖が切り立っておりかなり危険だ。
もうそれは止められなかった。
反対に切ったバスは車にぶつからなかったが設置してあるガードレールにぶつかりぎゃりぎゃりと音が鳴る。
それにほとんどの生徒が気づく。
運転手も必死にハンドルを戻しているが、もう遅いだろうな。
30人以上が乗っているバスだ。
トン単位で耐えられるほどガードレールは頑丈ではない。
バキッと音を立ててガードレールが外れ、バスはそのまま前へと進む。
ブレーキを踏んでいるが間に合わない。
俺たちを乗せたバスは崖の下へと落下していく。
「真人! 謙吾!」
俺は席を立ち二人に声をかける。
「え? 恭介?」
理樹や他のメンバーの声が聞こえるが今は関係ない。
「理樹と鈴を守れっ!」
俺の言うことが了解したのか二人は頷き、理樹と鈴を庇う。
まだ俺たちは死ねない!
ガシャンと音を立てて割れる窓ガラス。
響き渡るクラスの奴ら。
ピンチに陥る俺たち。
痛みというのはすぐには来なかった。
まずは全身に強い衝撃が走る。
「ぐあっ!」
ガンと床に体が叩きつけられる。
その衝撃が予想以上だったためか俺は気を失った。
……
………
…………
「うっ……。こ、ここは……?」
目を開ける。
そこには横倒しにされているバスの姿があった。
どうやら俺は外に放り出されたらしい。
「ぐっ……!」
全身に痛みがする。
数メートル先にはバスがある。
とにかくバスのほうまでいかねぇと……。
しかし体は動いてくれない。
(動けよっ! 俺の体!)
グッと腕に力を入れるもすぐに力が抜けてしまう。
足も動かない。
なんで、なんで動かないんだよっ!
後数メートルの距離なのに……。
「なんで届かないんだよっ……」
俺は自分の不甲斐なさを悔いていた。
今こそ助けるべきだろう?
皆を助けるんだろう?
それが出来るのは意識のある俺だけだっ!
腕の痛みを堪えて少しずつ前進していく。
匍匐前進よりも進みは遅いが着実に進んではいる。
視界がぼやけてきた。
だが、俺は進みを諦めなかった。
俺が今ここで諦めたら救える命を救えなくなるからだ。
あと少し、あと少しなんだ……。
もってくれ、俺の体……。
なんとかバスの前まで着くことが出来た。
「はぁ……はぁ……」
息をするのも苦しい。
着いてバスから変な匂いがしてきた。
ガソリンである。
「ちっ……!」
そっちまでまだ距離はある。
間に合ってくれっ!
ガソリンは少しずつ漏れている。
このままだとガソリンが引火して爆発しかねない。
俺は何とか体を起こしてみる。
「ぐっ!」
痛みを唇を噛んで耐える。
「はぁ……はぁ……」
なんとか上半身を起き上がらせ、上着を脱ぐ。
それを背中とエンジンの間に挟み、ガソリンを押さえつける。
これでなんとか少しは持つだろう。
後は理樹たちが何とかしてくれるはずだ……。
「あとは……頼んだぞ。――……」
俺は友の名を呼び気を失った。
誰かの声が聞こえる。
『待ってて、今助けるから』
聞いたことのある声。
懐かしくも、頼もしい声。
『ありがとう。恭介』
『恭介の…おかげだよ……』
理樹の声だった。
やっぱり強くなったな、お前は。
俺は見えない理樹に言いたいことがあるんだ。
――理樹……おまえはすごいな……
――お前は奇跡を起こしたんだ。
――俺にだってこんなことはできやしない。
――誇りに思えるぜ。
――お前という親友(とも)を。
「うっ……」
目を覚ますも光が眩しくて目を閉じてしまった。
「こ、ここは……?」
天井は白く、新しい感じがした。
周りには誰もいなくて状況を理解するのに時間がかかった。
「そうか。俺は助かったのか……」
その後来たナースさんやら先生やらに色々聞かれた。
君が助かったのは奇跡に近い、と。
あと、しばらくは安静だということを。
一月もしてからだろうか。
退院出来るぐらいまで回復できたため退院した。
「さて、あいつらに会う前にあれをしてくるか……」
俺の行動はもう決まっていた。
そのための手段を手に入れるべくある場所へと向かった。
そしてさらに一月ほどが経ち、秋が近づいてきたそんな季節だ。
手段に計画はばっちしだ。
あとは行動のみだ。
普通に出ても仕方ないため窓から出ることにする。
「どうしましょうかねー?」
「どうしましょうかー……」
どうやら皆は遊ぶことを考えているらしいな。
「みんな、揃ってるな」
皆が窓のほうを見る。
「きょ、恭介!」
「ああ」
皆が口々に名前を呼び近くへと向かってくる。
「恭介…! お。おかえり……っ!」
「いいタイミングだろう?」
そういってそれはにっと笑う。
「けが、平気なのか?」
心配そうに鈴が聞いてくる。
まあ、大怪我してたからな。心配されるのは当然だろう。
完治はしてないが、見た目じゃなず分からないだろうな。
ほぼ完治と言ったところだしな。
「俺なら、大丈夫だ。そうじゃなかったらこんな真似もできないだろう」
俺は片手でロープを登って見せてみる。
「うわっ、あぶないからっ」
理樹がオタオタしている。
だが、俺は早く本題に移りたかった。
「…さて、早速だが……」
――俺たちでもう一度…修学旅行へ行くぞ。
学校前に停めてある、前レンタルしたワゴン車に皆を乗せる。
目的地は海。
本当の修学旅行は違うが、皆賛成してくれた。
10人じゃ狭いが我慢してくれよ。
まあ、そんなのは関係ない。
「大丈夫なのかよ、これ」
「なに、免許はあるぞ」
「いつの間に……」
謙吾が驚いている。
「俺がおとなしくベットに寝てるわけないだろ?」
「うむ、それで退院が遅れたのだな?」
う、まあそのとおりだが……。
小毬と鈴は二人仲良くここを回ろうとか言っている。
能美と三枝はどきどきと出発を楽しみにしている。
西園はスリリングですとか少し心配気味だ。
「理樹、ここは一緒に行こう」
「うん、そうだね」
二人の仲は心配なさそうだな。
「よし、それじゃあ皆準備はいいか?」
皆が一様に頷く。
「よし、それじゃあ、出発だ!」
ワゴン車のエンジンをかけて俺たちは出発する。
そう、俺たちリトルバスターズの物語はここから始まるのだから……。