朝、早く目が覚めてしまった。

……特に朝はすることがないので部屋から出ることにする。

中庭周辺を歩いているときであった。
一つの人影が視界に入った。

「ん? おうっ、二木じゃねーか。どうしたこんな早くから」
「あなたこそ、朝早くからご苦労なことね」
「まーな」
彼はにっと笑いまた走りだす。

そんな表情に私はドクンと胸が高鳴る。
そう、私は彼に惹かれていた。

 

ことの発端はリトルバスターズに関わり始めてからだった。
一週間で色んなメンバーを仲間に加えていって楽しそうにしている。
そんな姿を見ているだけで憧れを感じてしまう。

昔から本家、分家で争っていたものだから私には仲間と呼べる人がほとんどいない。
それは、今も言えることだ。
風紀委員として働いてはいるが、それは表面上の顔でしかない。
ほとんどの人に私は嫌われているだろう。

それほど私は自分でも厳しいと自負しているのだ。
しかし、リトルバスターズのメンバーと関わるようになってからは、葉留佳を中心に人と話すようになった。
元々会話が得意……と言うか口下手なところがある私はある程度しか人を近づけさせない話し方しか出来なかった。

でも、彼は違った。
彼はいくら突き放した話し方でもぎゅっとした話で私を和ませてくれる。
それが私には嬉しいことだ。
小さいころから厳しく教えられたのでそんな支えてくれる彼に知らぬ間に惹かれた。

そして……

「井ノ原君」
「ん? どうした。二木」
「……好き」
「へっ?」

告白をしていた。

返事を聞く前に私が逃げてしまったので答えは聞かなかった。
……いや今は聞きたくなかったと言ったほうが正しいだろうか。
それほど私は答えを聞くのが怖かった。

 

 

 

 


いきなり二木に好きと言われた。
そりゃ……突き放したような話し方で人付き合いもあまり得意そうではない。
しかし、二木は哀しそうな目をしていた。
それは飼い主に捨てられた子犬のような非常に悲しそうな目だ。
そんな奴を放っておけるほど俺は酷い奴ではない。

……まあそのまま二木が逃げてしまったので答えを言う暇もなかった。
でもそこで二木が答えを待っていたら俺はなんて言えただろうか。
―ああ、いいぜ―
と言えただろうか。
そこまで俺はあいつのことを気にかけていたのだろうか。
くそっ、考えるだけで胸がチクチクする感じに襲われる。

誰かに相談をしてみるか。
そう思い相談をすることにした。

「で、結局僕のところに来たわけだ」
まあ実際のところ一番頼りになるのが理樹だけだったというのが本音だ。
「まあ、事情はわかったけどそれは真人自身が解決しないといけないんじゃないかな?」
「どうしてだよ」
「どうしてといわれると困っちゃうけど、佳奈多さんは真人に告白をしたんでしょ? だったら真人が自分で答えを出さなきゃいけないと思うよ」
たしかに理樹の言うことは正しいと思う。
俺自身の問題なのだから俺が答えを出して二木に答えなくちゃいけない。
「真人はもう答えは決まってるんじゃないかな?」
理樹が苦笑いを浮かべる。
「真人はさ、告白されたときどう思った? 悪い感じはしなかったでしょ? むしろ胸がドキドキ、又は他のことを思ったと思うんだ。……それが『好き』なんじゃないかな? まあ僕が言えた義理じゃないけどね」
ははっと、笑う理樹。
その顔は頑張りなよと言っているようだった。
「そっか……。ありがとよ理樹。おかげで目が覚めたぜ」
「そう? 役に立てたのなら嬉しいよ」
「よし、今から行ってくる」
「ちょっ! 真人っ!」
理樹の叫ぶ声を聞いたが俺の足はもう動き出していた。

 

 

 


「……はぁ。まったく困っちゃうね」
真人がいなくなってから、少し考える。
佳奈多さんが真人のことを好いていたなんてなぁ……。
僕はショックを隠せない。
だって僕も佳奈多さんのことが好きだったのだから。
「あーあ、失恋か……。悲しいな」
一人寂しく部屋でこっそりと涙を流した。


女子寮の前まで来て一旦止められる。
「何か用でも?」
「二木に用がある。呼んでくれないか」
「あら? 井ノ原君。私に何か?」
いい具合に二木が出てきてくれた。
「場所を変えましょ」
と言って一人どこかへ向かって歩き出す。
それを俺は追いかける。

 

 

 

 

 


話って何かしら?
もしかして、今日の告白かしら。
ドクン……。
嫌な予感に駆られる。
―断られたらどうしよう。
私は立ち直れるの?
不安が私を包んでいた。

不意に井ノ原君が口を開いた。
「俺も二木のこと……」
「っ!」
聞きたくない。
今は聞きたくない。
「聞きたくない!」
私は大声を出していた。
寮から離れているといってもそこまで離れていない。
井ノ原君はびっくりとした表情でこちらを見ていた。
「だめだ。聞いてくれっ。俺は二木が……」
「っ! やだっ」
耳を塞ぎ聞こえない振りをする。
実際声が小さくてあまり聞こえなかったが口の動きで分かった。

『好き』

私はどれだけ嬉しいことだろうか。
全身から力が抜けてその場にへたり込む。
「大丈夫か? 二木」

彼の声なんか聞こえなかった。
今私の中では嬉しさが充満している。
思わず涙が出てきた。
「お、おいっ。泣くなよ」
これは違うわ。
嬉し涙だから心配しないで。
真人が手を差し伸べてくれる。
それを取ろうとしたときだった。

「お、お姉ちゃん……」
声のほうを向くと葉留佳の姿があった。
よりにもよって一番見られたくない相手に。
「どうした? 三枝」
「どうしたじゃないですヨっ! なんで真人君とお姉ちゃんが一緒にいて手を差し伸べて、泣いたりしちゃってんすかっ!?」
怒涛のツッコミがいくつも入る。
私は思わず溜息を付いてしまう。
しかし、悪くはない気分だ。

「……あら、葉留佳。紹介するわ。私の彼氏の真人よ」
くすっと笑う。
このあと葉留佳の顔が赤くなる。
「ええっ〜〜〜!! マジすかっ!?」
「ええ、マジよ」
「そ、そんなお姉ちゃんに……が」
「ふふ残念だったわね。私の方が早かったようね」
「そ、そんにゃ〜〜」

そんなこんなでこの日が過ぎた。
しかし私は異変に気づかなかった。

 

次の日の昼休みのことだった。
真人の教室に向かうと理樹や諸々の人が慌てていた。
「どうしたの? 騒がしいわよ」
声をかけると理樹が慌てた様子で話す。

「大変なんだよっ!」
「だから何が大変なの?」
少々の苛立ちを覚えた。
しかし、事情が分からないため待つことしか出来ない。
少し待って落ち着いてきたのか理樹が話し出す。
「真人が朝から姿が見えないんだよ」
「っ!」
嫌な予感がした。
その予感は見事的中する。

ダッシュで教室を抜けようとしたら止められた。
「落ち着きたまえ、佳奈多君」
「で、でもっ、今この状況真人がどこで何してるかと思うと不安で……」
「お姉ちゃん……」
弱弱しい表情をしている葉留佳。
それは他の誰もが思っていたことだ。
「まあ、恭介氏が答えを持ってきてくれるはずだ」
「ああ、唯湖のいうとおりだったぜ」
声のほうを見ると棗先輩が息を切らして教室に入ってくるところだった。
「恭介氏。……その、なんだ、名前を呼ばれるのは嬉しいが恥ずかしいぞ」
「なんだぁ? 照れちまって可愛いな。唯湖は」
「〜〜っ!」
なんなのだろうか。
このバカップルな雰囲気は。
「ん」
来ヶ谷さんが軽く咳払いをして恭介氏に合図をする。
まあ顔はまだ赤いが。

「で、連れてかれた場所がここなんだが」
指差した場所は本家のある場所だった。
葉留佳もびっくりしていたが私は予想していたことだった。
これはあくまで推測でしかないのだが、
何らかの形で告白を見られ、それを快く思っていない本家の連中が真人を連れ去っていったんではないだろうか。
そんなことを考えていると理樹が、
「皆で助けに行こうよ」
「ああ、そうだな」
「皆でいけば怖くなんてないよ〜」
「そのとおりだ」
「うん。そうですネ」
「わふー、井ノ原さん救出作戦ですね〜」
「今助けに行くからね。真人」
リトルバスターズの面々が私たちの家に向かって歩いていく。

向かっている最中、棗先輩は来ヶ谷さんといちゃいちゃしていたが……
神北さんは棗鈴とお菓子やなにやら楽しそう話をしている。
クドリャフカも葉留佳に弄られていた。
理樹も宮沢君と話しているようだし……
緊張感の欠片もなかった。

「ちょっと……大丈夫なのっ? こんなので」
「ああ、俺に任せておけよ。二木」
それが不安なのだけど。
「まぁこれでもリーダーだ。頼りにして構わんよ」
「いいこと言うねぇ。唯湖は」
「ま、まぁ恭介氏の彼女だからな」
「へ、恥ずかしいことを言うようになったな」
「それはお互い様というものだろう」
はぁ……ご馳走様。

そしてほどなくして本家の前に到着する。
「どうするの?」
「決まってるだろう?」

―正面突破だ―

バンと扉を開けるとそこには宴をしている本家の連中の姿があった。
「え?」
目を疑ってしまう。
それもそのはずだ。
真人がその中心で筋肉筋肉とやっていたのだから……
「どう?お姉ちゃん。驚いた?」
葉留佳が聞いてくる。
「どっきりですヨ。もう本家の人から連絡きたときは何事かと思いましたけどネ。聞いたらソッコーOKしたけど」
「まったく、ばれるんじゃないかと心配したよ〜」
「まったくなのです〜」
ほんわか二人組が言う。

ああ、嘘だったんだ。
これは私を嵌めるためのドッキリ。
そんな風に安心をすると目から涙が出てきた。
「佳奈多。泣くなよ」
「だって……本気で心配したんだからね」
「分かってるよ」
真人は胸を貸してくれた。
ぎゅっと抱きしめる。
逞しくそして強い体。
大事な人の体。
ほんとに大事な人だと再確認した日だった。

この日は皆ではしゃいだ。
からかわれたりもしたけどそれも嬉しいことの一つだ。

今では風紀委員も辞めて、リトルバスターズの一員として日々遊び尽くしている。
たしかにみんなのいうとおり飽きない。

……まあ皆にバカップルと呼ばれているけどね。
それでもいい。

私が真人が好きでいる限り……
 

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