今日は珍しく教室で一人残っていた。
特には用はないが……。

――カラカラカラッ

「ん?」
誰かが教室に入ってきたらしい。
そちらに視線を移すと小毬の姿があった。

「どうした? 小毬」
俺は気さくに声をかけるも小毬は黙ったままだ。

「前座ってもいいかな? 恭介さん」
「ああ、いいぜ」
前の席に座る小毬。
距離はおっそろしく近い。
お互いの吐息がかかるくらい。
小毬はいい匂いだなぁって変態じみたことを思ってしまうほど二人の距離は近い。
学校の机は微妙な長さなため、二人が向かい合うとその差は50cmもないだろう。
何度も言うようだがそれほど俺たちは近く向かい合っていた。
そして、小毬は顔を俯かせたままなにやらモジモジとしていた。

「どうした? 相談なら乗るぜ」
俺の吐息がかかったのかびくりと体が反応している姿は可愛い。
元々小毬は可愛い分類に入るためそれなりにもてるはずだ。
しかし、それをリトルバスターズが止めているためそういう色沙汰なことはあまり聞かない。
……まあ俺が聞いてないだけでもう彼氏がいるかも知れないがな。

「えっと……」
いじらしく言葉を溜め込む。
俺はその様子を黙って見ている。
目は見えないが、顔はほんのりと赤みを帯びている。

「……恭介さんって彼女いますか?」
「はっ?」
思わずきょとんとしてしまった。
それほど今の空気には合っていないほどの言葉だった。
そこまで溜めといてそれかよって心の中で突っ込んでしまった。
「?」
小毬は頭にハテナマークを浮かべこちらを不思議そうに見ている。
「ああ、質問だったな。ぶっちゃけいない」
「そっかぁ〜」
なにやら安心したなぁというような顔をする。
ちなみに言ってなかったが俺の膝と小毬の膝が何回も当たっている。
しかも小毬の故意的な攻撃だ。
やるなっ! 小毬。
俺も負けじと膝を軽く小毬の膝にぶつけてやる。
こういうのは加減が大事なんだ。
「や……ん。恭介さん」
小毬の顔がさっきよりも赤くなっている。
なぜだろうか。
……まあいいか。

「で、理由はなんだよ」
「ふぇ?」
何のこと?言わんばかりの声を出す。
ふぅと一回深い溜息をつく。
「なんで彼女いるとかって聞いたことだよ」
「あぁ〜、それわね」
ポンと手を叩き思い出したかのように話し出した。

「えっとね……今日、理樹くんに勇気を持って告白したの」
「おお、それで?」
「理樹くんは僕には大事な人がいるから……ごめんって断られたの」
「で、それがなんで俺の彼女問題に繋がるんだよ」
「それは………ひみつだよ〜」
またこつこつと膝を当ててくる小毬。
………もしかして小毬は悲しんでいるのではないだろうか。
それを膝を当てるか誰かと喋るかで紛らわそうとしている?

「なあ、小毬」
「なんですか? 恭介さん」
「俺と付き合わないか?」
「ええ〜〜〜〜!」
「そんな驚くことはないだろう? 小毬は可愛いしな」
「そ、そんなこと……」
「自分を謙遜すんなよ」
「あぅ〜〜」
まあ俺としては面白半分で言ったつもりだったんだけどな。
まさかあんなことになるとは思わなかったぜ。

「……いいですよ」
「ん? なにがだ」
「恭介さんの彼女ですよ」
「マジか?」
「まじだよ〜」

とまあこうして小毬と付き合うことになっちまったんだが……。
一つ問題があった。
それは小毬がおしゃべりもとい嘘が苦手と言うことだ。
小毬の性格上、ぽろっとしゃべってしまいそうで心配だった。
まあ別にいいけどな。
俺は立ち直り物事をポジティブに考えることにした。

しかし、小毬の意図が分からない。
どうして理樹と別れ俺と付き合うことを承諾したのか。
考えれば考えるほど迷宮入りしてくる。
考え込んでいると携帯が鳴る。

ディスプレイ画面を見ると小毬(告白のあと教えてもらった)からだった。
「どうした?」
『今からこっちの部屋に来てくれますか?』
どうやら真剣な話なのだろうか言葉遣いに切れがあった。
「ああ、分かった」
『じゃあ、外で待ってますよ〜』
プツ……プープー……
電話が切れる。
俺は小毬に会うため女子寮へと向かう。

俺には小毬に一つ聞きたいことがあった。
ほんとに俺と付き合うことがあいつの本心なのか。
失恋に心を痛めていないのか。
いや、痛めているに違いない。
無理をしているのかも知れない。
実際目を見たら少し赤く腫れていたし、涙を流した後もあった。
俺はあいつにどういってやればいい。

理樹ならのらりくらりと小毬を慰めてハッピーエンドと終わらせることも出来るかも知れないが、俺はあいにく理樹ほど万能な慰め方は出来ない。
俺は俺なりに小毬に真実を聞きたいと思う。
あいつが今何を考え、何を悩んでいるのか。
今聞いてやれるのは俺だけだ。

そう、俺の戦い、もといミッションは今始まる。


とりあえず俺は小毬のところに行く前に理樹に会いに行くことにした。

「理樹いるか?」
「恭介? どうしたのさこんな時間に」
「話がある」

………

「で、話って?」
俺は一瞬だけ目を瞑り言葉を絞り込む。
「小毬のことだ」
「……」
理樹は俺をじっと見ている。
俺の熱意が伝わったのかやれやれと小さく呟いて、
「恭介にはかなわないや」
観念をした。

「うん、今日小毬さんに用があるって言われて行ったんだ」
「……」
今この部屋の中には俺と理樹しかいない。
どうやら真人は外に筋トレしにいったらしい。
「で、行ったら小毬さんが待ってたんだ。そして『好きです』と告白をされたんだ」
「理樹は大事な人がいるって小毬が言っていたが」
「うん、いるよ」
首を縦に振り肯定する。
「誰なんだ? 小毬には言ったんだろう?」
「ううん。小毬さんには大事な人がいるって言っただけだよ」
「で、誰なんだよ」
「うーんとね……」
少し考え込むように考えている。
そこまで重要に固める必要があるのだろうか。
少し理樹の考えが判らなくなる。

「葉留佳さんだよ」
「そうか……」
そうだったか。
それだけ聞ければいいさ。
後は俺の力量だ。
小毬、待ってろよっ!

「ありがとな、理樹」
「いや、あんまり力になれなかったけどね」
あははと苦笑する理樹。
「お前にはヒントを貰ったからな。やっぱりありがとうだ」
「そっか、じゃあ頑張りなよ恭介」
「おうっ」
俺は小毬が待っている女子寮前まで走っていく。


「そっか、小毬さんには少し悪いことをしたかな。……でも恭介が今の恭介ならきっと小毬さんを幸せにしてくれるさ」
一人ぼそっと呟いた。
「おう、理樹。さっき恭介がすげー勢いで走っていったんだけどよ、なんかあったのか?」
恭介らしいな。
何かあったらダッシュでその場所まで行く。
それはいいことだと思う。
そんな風に考えると笑いが込みあがってくる。
「??」
終止真人は分かっていないという顔だった。

 

俺はようやく小毬の待つ場所に着くことが出来た。
そこでは頬をぷくーっと膨らませているご機嫌斜めの小毬の姿があった。
「ごめんなー、さっきまで呼ばれてたもんで」
「誰にですかぁ?」
やけに声のトーンが低く小毬の顔が怒って見えるというか怒っている。
しかし顔を見ると怒っているようには見えない。
「理樹だよ」
理樹という単語を出すとびくっと体を振るわせる小毬。
「そっかぁ〜、じゃあ仕方ないね。理樹くんだもんね」
笑って言っているもののなぜか不自然に見えて仕方がない。
「で、話ってなんだよ」
「ふえ?」
なんだっけという顔をされる。
「あぁ〜そうだったね。話はこっちでしようよ」
指差すのは女子寮。
「俺が入っていって大丈夫なのか?」
「だいじょーぶだよ? 話はもうつけてあるから」
ならいいが……

その期待は裏切られるが……。
小毬の部屋に向かう途中だった。
「あら?棗先輩。こんなところでなにをしているんですか?」
二木と会った。
ちなみに小毬はトイレに行っている。
「小毬を待っているんだが……」
「神北さん? あぁ、たしかにそんなことをさっき言ってきたわね」
「ふーん」
どうやらその反応を見ると小毬の言っていたことは嘘ではないらしい。
しかし、次の言葉で俺は驚くこととなる。
「でも、許可はしていませんよ」
「なぬっ?」
我ながら変な声を出してしまった。
「だから、たしかに話は聞きましたが許可は出してませんよ」
「なんの」
「あなたと神北さんが神北さんの部屋で話をするということですよ」
少し苛立っているのか声が怖い。
「いいだろ? 別にそこをまけてくれよ」
「だめです」
「いいじゃん」
「だめったらだめです」
と不毛な言い争いをしていると、小毬がパタパタとこちらへ向かってくる。
「あれ〜? 恭介さんとかなちゃん。何してたの?」
「あら?神北さん丁度いいところに来たわ。話明日に回せないかしら?」
「どゆこと?」
小毬は?マークを頭に浮かべている。
「大事な話なら……まぁ今回は許すしますけど?」
「大事な話なんだよ〜。私と恭介さんにとっては」
小毬がいつになく真剣な表情で二木を見ている。
「そう…・・・今回だけよ」
その表情に負けたのか二木は諦め顔で言った。
「ありがと〜かなちゃん」
ぎゅっと二木を抱きしめる小毬。
羨ましいぞ二木。
悶々と嫉妬な気分が生まれる。
「じゃあ、ごゆっくり」
そう言葉を言い残し去っていく二木。
ごゆっくりってどういうことだろうな。
分かんねぇ。

「じゃあ行きましょう。恭介さん」
「……ああ」
小毬のあとを着いて行く。
夜になっているといっても人が皆無というわけではない。
ちらちらと女子を見る(まあ女子寮だから当たり前だが……)

ほどなくして小毬の部屋に着く。
「どうぞ〜」
言葉の後に続き部屋の中へと入っていく。
そこにはルームメイトの姿はない。
「今さーちゃんには席を外してもらっているよ」
さーちゃん? ああ、笹瀬川のことか。
やけに鈴に対抗意識があるあいつか。
……まあ悪い奴ではなさそうだけどな。
「さーちゃん。鈴ちゃんのところに行ったんだよ」
「なんでまた……」
火に油を注ぐような場所に行くんだろうな。
「さーちゃん。お顔真っ赤だったよ」
だんだん論点がずれていく。
「で、話ってなんだよ」
無理矢理だったが話を戻す。
「あ、うん。今度の日曜日暇かな〜と思いまして」
「デートか?」
「そ、そうですね。デートですね」
行った本人が顔を真っ赤にして何度も呟いている。

「俺も小毬に話がある」
「え? そうなの?」
驚いた様子でこちらを見る。
そう、今から小毬には少し苦しくなってもらわなくいけないからな。
「どうして俺なんだ?」
「ほぇ?」
「何で俺を選んだ」
「きょ、恭介さん。目が怖いよ〜」
「いいから答えてくれないか?」
「そっか……分かっちゃったか」
てへっと頭を軽く小突く。

「私寂しかったんだよ。理樹くんに振られて心がどこかに行ってたんだと思う。そこに恭介さんの姿が目に入ってフラフラと教室に入っていって…」
「俺に会ったってことか」
「うん」
そうだったか……
しかしまだ疑問は残っている。
「もう一つ、小毬無理していないか?」
「……してないよ?」
なぜに疑問系?そしてどうして溜めた。
「ほんとか? 俺には無理しているようにしか見えないが」
「―――っ!」
どうやら小毬の反応を見ると無理をしているらしいな。
「無理、するなよ」
「っ……」
小毬は小刻みに震えている。
そして静かに涙を流す。

「う…うっ……寂しかった。理樹くんに振られて心が傷ついていたの。そこに恭介さんの優しい言葉が私の心を直してくれた」
「……ああ」
「嬉しかった。恭介さんがこんなに私のことを思ってくれるなんて」
……まあそれには俺は謝らないといけないな。すまん小毬。これは冗談半分で告白をしていたよ、でもお前はそれをほんとのことのようにとってそれを感謝していたんだな。

「あっ……」
小毬が驚いた声。
そりゃそうだろう。
俺が今小毬を抱きしめているんだから。
「今は泣いていいんだぜ。そのために俺の胸があるんだからな」
「うん、うん…。うわぁぁぁ〜〜〜〜!!」

少し大声だったんだろう。
少し経って二木が部屋に入ってきた。
「最低ね」
吐き捨てる。
「でもまあ神北さんがいい顔をしているから良しとするわ。それと笹瀬川さんから伝言よ。今日はベットを自由に使って構わないそうよ」
「そうか……」
俺は胸にうずくまって幸せそうに寝ている小毬を抱きながら二木と話す。
「じゃあ、間違っても行動に出ないことね。……まあキスまでなら許してあげるわ」
そういって部屋を出て行く二木。
三枝と仲直りしてからあいつの性格変わってねえか?
なんか丸くなったな。
ふっと笑い小毬のほうを見る。

幸せそうに寝ている小毬の唇に俺の唇を合わす。
「う……ん」
どうやら起きてはいないらしい。
あぶねー、なんとか成功だな。
「恭介さん……」
「どんな夢を見てるんだろうな」

いつしか俺も眠りに落ちていた。

「ほ、ほわぁ〜〜!!」
翌朝、小毬の驚く声が寮全体に響き渡っていた。


ミッションコンプリート!!
 

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